1970年代から90年代までのVHSテープ文化を取り上げたドキュメンタリー「VHSテープを巻き戻せ(Rewind This!, 2013)」が日本でも公開され、話題を呼んでいます。以前は必ずどこの家でも、あのテープがブラウン管テレビの上か、横に積み重ねられていたものです。それらはいつの間にか消え去り、今はハードディスクレコーダーか、でなければPCやスマートフォンで動画を見るのが主流になってきています。街角には必ずあったレンタルビデオ屋。DVDに鞍替えして生き残っている店舗もごくわずかとなってしまいました。消え去ったビデオはどこに行ったのか。雑誌「南海」で、ビデオ博物館なるものが日本にも存在することをはじめて知りました。中古VHSビデオを扱うKプラスの倉庫には10万巻ものテープが眠っているとか。消え去ったビデオのごくごく一部が貴重な財産となって残されています。

私がアメリカに留学していたころ(80年代後半から90年代)は、まさしくVHSテープ全盛期で、「VHSテープを巻き戻せ」に取り上げられている状況が目の前で進行していました。同時に Blockbuster Video (ビデオ・レンタル) や、Best Buy (家電量販店)といったチェーン店が、メインストリームのVHS文化、ひいては映像文化を形成していく時代でもありました。

私自身は、パブリック・ドメインのVHSをあさっていました。アメリカでは、パブリック・ドメインの映画が山のようにテレシネされ、VHSテープに起こされ、通販で売られていました。なかでも、ホラー、ミステリー、SF、ティーンエイジャー向けの古い「キャンプな」映画は Sinister Cinema をはじめとするB級PD映画専門の通販が毎月カタログを拡大し、よりレアな作品をリリースしていました。それらはパブリック・ドメインであるがゆえに、他の通販会社が堂々とコピーして自社のカタログに加えていき、中にはそうやって肥大化したカタログを廉価で投売りし始めるところも現れるようになったのです。Sinister Cinema は今でも営業していて Web サイトで通販していますが、1995年の「FILMFAX」誌に掲載された広告から「Big B Movie:HORROR」のカタログを見てみましょう。年代順に並べられ、小さな文字でぎっしりとページが埋められています。その文字の海の間に、白黒の映画ポスターがこれ見よがしにはめ込まれ、私のような高尚で博識で幼稚な映像愛好家の脳髄を刺激します。どんなタイトルが並んでいるか。

まずは「恐怖城(White Zombie, 1932)+ ルゴシ・インタビュー(Lost Lugosi Interview, 1956)」です。いきなり、ディープですね。「恐怖城」という作品は、ハルペリン兄弟という独立プロデューサーによる、ホラー映画の牙城ユニバーサルへの持ち込み企画映画です。当時、ドラキュラで絶大な人気を誇ったベラ・ルゴシが主演の映画です。いやあ、これ、名作です。しかもこのVHSテープの売りは、「35mmプリントから新しく起こした」ことなんです。「恐怖城」は「White Zombie」というタイトルもあいまって、ホラー映画ファンの必須アイテムとなり、国道を走るミニバンのごとく大量に出回っていたのですが、このVHSは違う。Sinister Cinema は世界初、35mmプリントから起こして「この古典的名作を、最高の映像品質で見よう!」と、やってくれた訳です。しかも、薬物中毒のリハビリから立ち直ったベラ・ルゴシのレア・インタビューもボーナス!

次はワーナー・オーランド主演「危険な太鼓(Drums of Jeopardy, 1931)」です。ワーナー・オーランドといえば、悪の権化「フーマンチュー博士」や天才探偵「チャーリー・チャン」など中国人(?)を演じつづけたスウェーデン系アメリカ人です。古典映画のファンの方ならジョセフ・フォン・スタンバーグ監督、マレーネ・ディートリッヒ主演「上海特急(Shanghai Express, 1932)」の中国人反乱軍将校の役をご存知でしょう。その彼が、Poverty Row の雄、ティファニー・ピクチャーズでマッド・サイエンティストの役で主演したホラー映画です。


次は「悪魔スヴェンガリ(Svengali, 1931)」、ジョン・バリモア主演、アーチー・メイヨ監督の幻想怪奇映画。非常に独創的なセットと、ジョン・バリモアの眼から夜の街へぶっ飛んでいくシーンが印象的です。



それからカール・セオドア・ドライヤーの「吸血鬼(Vampyr, 1932)」。ところが、映画の紹介文にドライヤーの名前が出てこないんです。そのあたりの映画批評や作家主義から遠く離れたところから、ひとこと「光、影そしてカメラ・アングルの使い方が稀に見る恐怖に変貌する、ホラーの傑作」とコンパクトに言い切るところが素晴らしい。

次にはなんとフリッツ・ラング監督の「怪人マブゼ博士(Das Testament des Dr. Mabuse, 1932)」のドイツ語版とフランス語版(「こっちのバージョンのほうが長い!」)を並べてリスト。

と、リストは延々と続きます。ベラ・ルゴシがモノグラム・ピクチャーズで量産していた楽しい限りのホラー映画から、イギリス、フランスの手堅い怪奇作品、ジョージ・ズッコ、ライオネル・アトウィル、ジョン・キャラダインが主演をはった物々しいB級作品が1940年代まで並び続けます。50年代、60年代に入ると、作品の数は一挙に増えるとともに、ヴィンセント・プライス、クリストファー・リー、バーバラ・スティール、ピーター・カッシングが主役に名を連ねています。とは言っても、彼らの名作の著作権は切れておらず、パブリック・ドメインに落ちていないので、出てきているのは全部香ばしい感じの作品ばかり。クリストファー・リー出演「おじさんは吸血鬼だった(Uncle Was A Vampire, 1959)」、ピーター・カッシング主演「死体解剖記(Mania, a.k.a. Flesh and Fiends, 1959)」とかですね。さらにエル・サント主演のメキシコ系怪奇映画からクラウス・キンスキー出演のドイツ製ホラー、小林正樹の「怪談(1963)」も堂々リスト入りです。1973年の「フランケンシュタイン畸形の城(Frankenstein's Castle of Freaks, 1973)」まで全180タイトル。全部1本19ドル95セント。通販では高めの値段ですが、5本買うごとに1本無料、という特典つきですから、カタログを眺めながらゆっくり選ぶわけです。


これで満足、と思いきや、「フランケンシュタイン畸形の城」の下に「『忘れられたホラー映画』シリーズも見逃すな!」と書いてあるのです。今までのタイトルがむしろ忘れられたものじゃなくて、「みなさんご存知の」だったことに驚いている余裕はありません。これから先は、著作権切れVHS大航海時代の「喜望峰ルート」とまで言われた、「出航したら最後、戻って来れない」ところです。1970年代に、著名な映画史研究家でアーキヴィストでもあったウィリアム・K・エバーソンが出版した2冊の本、「Classics of the Horror Film」と「More Classics of the Horror Film」がヴァスコ・ダ・ガマとなり、ターナー&プライスの「Forgotten Horrors」がマゼランとなって、1930年代の「忘れ去られたホラー映画」が発見されてきていました。PRC製作の「ナボンガ」が「市民ケーン」と思えるくらいの、壮絶な出来の作品も少なくありません。これらの作品に触れると、1980年代以降に爆発的に増えた低予算の「なんだよこれ」B級ホラー映画は、ひいおじいさんの時代から確実に受け継がれてきたハリウッドの伝統であることがわかります(残虐表現ははるかにマイルドですが)。ホラーの要素をふんだんに取り入れた西部劇や、黄色人種に対する差別満載の「Yellow Peril」ジャンルの作品などが、毎月リストに追加されていきました。なかでも「マニアック(Maniac, 1934)」は、ハリウッドの底辺の映画がいかに「自由」だったか、そしてひどかったかを教えてくれる作品です。


 VHSのおかげで、映画が解放されたことは間違いありません。それまで、多くの映画ファンは、映画館にかかった映画しか経験できなかったのです。映画評論家と呼ばれる人たちが、その映画を経験したという特権だけで、映画を「語る」ことができた時代があり、分析とか批評と評して、一般のファンにはかなわない経験を披露していたのです。ところが、TVがまずそれを変えた。そして、VHSは自分が見たい映画を探し出してきて、見るということを可能にしたんですね。それまで、「帝国ホテル(Hotel Imperial, 1927)」だの「トパーズ(Topaze, 1933 ヒッチコックの作品ではないです)」だのは、フィルム・アーカイブかなんかで何十年に一度、しかも平日の昼間にしか見られないような作品だったわけです。そんなものは映画評論家でもない限り見れなかった。それが送料込みで20ドルも出せば、何度でも見ることができる。これは「VHSテープを巻き戻せ」でも言われていますが、それで映画の見方を身につけていった部分は多分にあると思います。

私の場合には自分の周囲に私のような映画愛好家がいなかったせいもあり、そういった通販をやっている連中が「映画が好き」でやっていることが伝わってきたのが楽しかった。カタログに載っていないタイトルでも、「こういう映画はあるか?」と聞くと「$12.95」と返事がメールボックスに入っているのです。(ここでいうメールボックスはアパートの玄関に鍵付でならんでいるやつです。クリックするヤツではありません。時代が時代ですから。)サイレント映画なんてもう需要がないから、それこそそうやって限られた予算で最大限のVHSを取り寄せて見たのです。そうすると、VHSテープの残った部分に、いろんな番組を入れてくれていたりするんですね。リチャード・アッテンボローが主演したブリティッシュ・フィルム・ノワールの傑作「ブライトン・ロック(Brighton Rock, 1947)」の後ろに、スペンサー・トレイシーが出演した「ボトムズ・アップ(Bottoms Up, 1934)」の一部分が入っていたり、グロリア・スワンソンの「インディスクリート(Indiscreet, 1931)」の後にマック・セネットの喜劇が入っていたり。「得した」とかではなく、わざわざ選んでダビングしてくれた心意気がうれしいのです。


こういう「マニアが高じて」という店もあれば、シカゴの Facet's Multimedia みたいに正統派の通販もありました。カタログも立派で、セレクションもルミエール兄弟からレオス・カラックスまで、作家主義の監督にはそれぞれ数ページを割いて、VHSでリリースされている全作品を取り揃えている、といった具合です。

ところで、「VHSテープを巻き戻せ」でも出てきましたが、「どこの家に行ってもあるビデオ」というのがあります。「タイタニック」の2巻組、それからディズニーの「美女と野獣」や「ライオン・キング」、日本だとジブリの「となりのトトロ」などは、かなり高い確率でどこの家に行ってもあったと思います。これだけの数のVHSテープに録画して出荷する、特にクリスマス商戦前などは大量に出荷準備量を確保しなければなりませんでした。だから、もちろん上記のような「マニアが高じた」店のようにデッキを使ったダビングで生産するわけではありません。これは「熱転写」と呼ばれる方法を用いた生産方式だったのです。

昔のオーディオ・カセットを使ったことがある人ならば経験があるとおもいます。曲が始まる前の無音部分のところで、曲のイントロがうっすら聞こえる現象。たとえば、ビートルズの「ヘルプ!」が始まる前に、亡霊たちがフライングで「Help!」と歌い始めているとか、レッド・ツェッペリンの「グッドタイムス・バッドタイムス」のイントロのギターが、エコーのように聞こえてくるとか。これがまた、たいていA面の最初とか、B面の最初とか、頭が切れないようにわざとちょっとだけブランクにしたところで聞こえてくるんですね。これは「プリントスルー」といわれる現象です。テープは巻かれているので、録音されている部分とその前の無音部分が重なるんですが、テープは磁気で記録されるものですから、無音部分に録音の磁気パターンが転写されるんです。下敷きの上に砂鉄をばら撒いて、下敷きの下に磁石をおくと、磁石の形が砂鉄に出てきますよね。まあ、あんな感じです。これは長い時間無音部分と録音部分が接触しているとゆっくりと起こります。

この現象を利用したのが「熱転写」といわれる方法です。「タイタニック」が記録されたマスターテープと、商品になるブランクテープを、それぞれすごいスピードで走行させ、その走行中に一瞬だけ接触させます。それだけでビデオ信号の転写はできませんから、そこにレーザーを当てて温度を上げるのです。マスターテープは熱に対して強い磁石の素材で、ブランクテープは弱い磁石の素材でできています。レーザーで温度が上昇すると、一瞬だけブランクテープの磁石が「書き込まれやすく」なり、そこに強いマスターテープのパターンが転写されるのです。

この工場を見学しに行った人から聞いた話ですが、クリーンルームの中に(ホコリとかテープにつきやすいですからね)この転写装置がずらりと並んでいるんだそうです。壁に検査用のモニターがずらりと並んでいて、そこに製品に録画された映像が超高速で再生されているわけです。映像の最大の需要といえば、アダルトビデオ。明るく清潔なクリーンルームの空間にずらりと並んだモニターで、多種多様な繰り返し運動がものすごいスピードで繰り広げられている。なんともシュールな光景です。

VHSとベータの戦いは、数ある「フォーマット戦争」の中でも最も有名なもので、ビジネスやマーケティングの教科書なんかにも出てくることもあります。VHSが勝利した理由に「映像の品質よりも録画時間」を消費者が求めたことがあげられます。VHSの勝利を決定的にしたといわれるのが、LPモード(長時間録画)で、これでVHSは4時間録画できるようになりました。アメリカ市場ではこれは非常に重要で、アメリカンフットボールの試合が録画できるようになった、と言われています。これは、当時開発に直接かかわっていた開発技術者の方からも、そう聞いたことがあります。ただ、「アメフトの試合が録画できると聞いたら、RCAとかマグナヴォックスの連中が、『それだ!』と言って食いついてきただけで、本当にアメリカの消費者がアメフト録画したかどうかは疑問だね。」「アメ車と一緒で、連中はなんでもデカいのがいいと思ってるから、VHSのほうがデカくて気に入ったんじゃないの。」とも言っていました。真偽のほどは不明です。


家庭用の録画媒体が、VHSテープからDVDやあるいはHDDに移行する段階になったとき、「テープ派」の主張のひとつに「テープでは、前回録画あるいは再生を停止したところが物理的に記憶されている」というのがありました。言い換えると、「ブレードランナー」の「私、目を作るだけ」のシーンを見ているときに、TVで録画したい番組が始まるので、テープをいったん止めて取り出し別のテープと差し替えても、次に見るときには「私、目を作るだけ」のシーンから始まるのです。テープは取り出しても、見ている位置から再度はじめられるが、DVDやHDDは一度そのディスクを取り出したり、プログラムを停止したら、次見るときはまた最初から始まるぞ、というものでした。これは、あっさりと解決されたわけですが、これが、テープやDVD、HDD、そしてストリーミングの間にある技術のジャンプを表しているかもしれません。テープはとてもメカニカルな装置なのです。媒体のメカニカルな特徴がそのまま体験となって刻まれるものなのです。実は、ごく初期の失敗した家庭用ビデオのフォーマットに1リールタイプのものがありました。これは、昔のオープンリールのオーディオテープのように、リールがひとつで、テープを引き出して、録画再生装置側のリールに巻き取らせる仕組みのものです。これでは、扱いも煩雑になりますし、いちいち巻き戻さないとテープを取り出せない。2つのリールをケースに仕込んで、そのケースごとテープを扱うという「カートリッジ式」は、オーディオカセットテープなどから普及しましたが、扱いが楽で、かつ本を読むときのしおりのような機能もあった。これはしかし「アナログ」と「デジタル」の差ではありません。なぜなら、デジタルのテープ(DVDigital8)もあったわけで、それらはこのテープのメカニカル性を持ち合わせていたのです。

よく、「ポスト=メディウム」の議論で、デジタルになってからのメディアの議論がされますが、私はいつも「デジタル」という言葉はよほど注意して使わないといけないと思っています。今、データセンターの多くで使用されている、アーカイブ用の記録媒体はテープです。これはデジタルで記録され再生されています。しかし、これはランダムアクセス性は皆無でレイテンシーは恐ろしく低い。クリックしたらファイルが出てくるシステムではありません。このシステムは「巻き戻す」という行為を必要とするんです。でもデジタルなんです。今は、クリックしたらすぐに映画が始まるのが普通ですが、それはデジタルやアナログの差というよりも、メカニカルな構造にどれだけ依存しているか、ということですね。テープが「自分が最後に見たところを『形』として覚えておいてくれている」という個人的な媒体だったのに対して、今のネットでのストリーミングは、誰のところにも満遍なく同じように届く。テープは自分の手から離れて人のところへ行くときには、自分の痕跡を消さないといけない。だから「VHSテープを巻き戻せ」ということなんですね。


【お勧めするけど責任はとらない超レア・パブリック・ドメイン作品】
※のリンク先の商品は日本語字幕はありません。

1. Supernatural (1933) (※Finders Keepers DVD)


上記ハルペリン兄弟の持ち込み企画第2弾。この時代には珍しく「霊」を扱ったホラー。殺人を犯し、死刑になった女の霊が復讐を誓い・・・。 雰囲気のあるセットが魅力。キャロル・ロンバートがホラーに出ていると聞けば、興味がわかないわけはないでしょう。

2.Transatlantic (1931)



ウィリアム・K・ハワード監督の隠れた名作。大西洋の豪華客船内で起きる事件を追ったプログラム・ピクチャーですが、ジェームズ・ウォン・ハウのカメラワークと、アール・デコ満載のセットが素晴らしいです。

3. High Treason (1929)

  

トーキー初期のイギリス製SF映画。EUのアイディアを髣髴とさせるような世界設定と「メトロポリス(1927)」を思い出さずにはいられないビジュアル。

4. The Case of Lucky Legs (1935) (※Amazon.com :Region 1 DVD)



ワーナー・ブラザーズのペリー・メイスン・シリーズの中の1作。有名なレイモンド・バーのペリー・メイスンとは全然違って、ウォレン・ウィリアムの名弁護士は、おふざけ満載でアル中ぎみです。

5. Laughter (1930)



非常にシニカルなロマンチック・コメディ。ハリー・ダバディー・ダラー監督は、今では忘れ去られた監督ですが、非常に風変わりでシニカルな作品を残しています。上記「トパーズ」は彼の最後の名作です。この映画はぜひともリストアしてほしい。